2003年12月07日

豊島22年目の決意

平成9年(1997年)7月18日、豊島事件は、中間合意が成立し、豊島に放置された有害産業廃棄物の具体的処理方法を検討する為に技術検討委員会が同年8月7日に発足しました。具体的対策の検討が始まり、豊島事件は、大きく進展したかのように見受けられますが、本当にそうなのでしょうか。ここで、一度経過と課題を確認しておかねばなりません。

(1)発端
豊島事件は、昭和50年(1975年)の暮れに事業者(豊島総合観光開発株式会社)が有害廃棄物の処理場建設計画を明らかにしたことに始まります。 私たち豊島住民は「有害廃棄物の持ち込みが、いずれは取り返しのつかないことになる」ことを恐れ、こぞってこれに反対し、要請、陳情、などを繰り返しました。しかし香川県は・・・

①ゴミ処分場はどこかに必要。法の要件に従えば安全であり、住民が心配するような環境破壊や健康被害は起こるはずがない。ま た、廃棄物処分場をつくれば、過疎の進む豊島にも(活性化策として)有効である。それでも反対するなら、豊島住民のエゴである。

②事業者にも生きる権利があり、反対するのは事業者いじめである。

・・として許可の方針を明らかにしました。

私たちは、香川県に対してデモを起こし、事業者を相手に、廃棄物処分場建設差し止め請求訴訟を高松地方裁判所に提訴しました。 一方で事業者は、反対住民に暴力をふるい暴行傷害罪で逮捕され、これも裁判になりました。

香川県は、これら2つの裁判の結果が出る前に、事業者に対してミミズ養殖の許可を出してしまいました。ミミズによる土壌改良財化事業・ミミズに無害な製紙汚泥、食品汚泥、木屑、家畜の糞 などを食べさせ、その糞土を土壌改良財として販売し、ミミズも販売するという事業

そして、反対する住民に対して・・・

ミミズ養殖は、そもそも畜産業の一種であって、環境汚染など起こすはずがない。・・・・・・として処分場の受け入れを強く要請したのです。 さらに、住民の根強い事業者不信の声に対しては、徹底した指導監督を約束したのでした。

こうした説得と要請を受け入れ、香川県を信頼して私たちの裁判は、昭和53年(1978年)の秋「和解」に至りました。

(2)操業
事業者は、操業開始から違法行為を繰り返し、事あるごとに、私たちは香川県に対し、指導の要請を繰り返しました。

ミミズ養殖は、経営として成り立たず、昭和58年(1983年)には事実上廃業し、これに替えてシュレッダーダスト(自動車を粉砕し、鉄を取り除いたかす)に廃油をかけて燃やすようになりました。運び込んでくる量も膨大なものとなり、立ちのぼる野焼きの煙りは、悪臭を放ち、ゼンソクに似た症状が蔓延し始めました。

あまりにも異常な事態に私たちは香川県に対して公開質問状を出しましたが、その答えは、現地で行われているのは、「ミミズの養殖業」と「金属回収業」であり問題ないというものでした。行政監察局へも申し出ましたが有効な改善にはつながりませんでした。事業者の行為は止まることを知らず、廃油・廃酸・鉱滓などあらゆる廃棄物を運び込んで野焼きや埋め立てを行うようになったのです。

しかし、私たちの訴えに対して香川県は「合法・安全」との説明を繰り返すばかりでした。

(3)摘発
平成2年(1990年)11月16日兵庫県警の摘発により、豊島事件の実態が初めて日の目を見ることになりました。当初、私たち住民が恐れたことが現実になってしまったのです。

事態の究明と改善を要求した私たちに対して香川県知事は・・・・・・豊島住民が直面しているのは法律ではなく現実・・・・・・県庁の持てるすべての能力を傾注して問題の解決に当たる・・・・・・そのために事業者がどのようなシステムでこれ程悪質な事業を行ったのか徹底的に究明する。・・・・・・と約束しました。また、警察による摘発後も、事業者がおこなっていたのは「金属回収業」であるとしていた香川県は、世論の批判に耐え兼ねて摘発から34日後に、やっと産業廃棄物の不法処分であると追認しました。そして、兵庫県警の科学捜査研究所の検査や、その後の香川県の調査によって有害廃棄物が検出されたことなどから事業者に対して、ミミズ養殖業の許可取り消しと同時に「産業廃棄物の撤去命令」がだされました。事業者は逮捕され(刑事)裁判になり、香川県議会は豊島事件の早期解決を採択し、土庄町議会も同様の採択をおこないました。

(4)調停申請まで
丸16年を経た有害産業廃棄物にまつわる豊島住民の苦悩は、刑事事件に至って終末を見るものと思われました。

しかし、・・・・・・操業が止まり、事業者の有罪は確定したものの、事業者には、当時16~17億円かかるといわれた撤去費用を負担する意志も能力もなく放置廃棄物はそのままになってしまいました。

その後、香川県の指導により1000トン余りの廃棄物が撤去されましたが、この実績を以て、香川県は「有害と思われるものから順次撤去を進め、おおむねこれらの作業を終えた状況にある」と公表し、撤去の必要性を事実上否定したのです。

問題解決のために「事業者のシステムを究明する」と約束した香川県自体が何の事実も明らかにしないまま収束を目指しているように見受けられました。

私たち豊島住民は、ワラにもすがる思いで神戸地方裁判所の裁判記録などを取り寄せたのでした。

驚いたことに、そこには香川県は、13年間の操業中に118回もの立ち入り調査を実施し「香川県は当初から事業者の違法行為を知っていた、それどころか、脱法を正当化する入れ知恵さえしていた」ことが綴られていたのです。

(5)事業者のシステム
有価物理論
産業廃棄物の収集運搬や処理には廃棄物処理法(廃棄物の処理と清掃に関する法)によって知事の許可が必要です。

逆にいえば収集運搬・処理を行う「物」が産業廃棄物ではなく、まだ価値のある物(有価物)であるならば知事の許可は必要ありません。そこで廃棄物とは何なのかが問題となります。

廃棄物処理法によれば、廃棄物とは「占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却できない為に不要になったものをいい、占有者の意志その性状等を総合的に勘案するべきものであって排出された時点で廃棄物と客観的に観念できるものではない」とされています。 豊島の事業者のシステムは、例えばシュレッダーダストを1トンあたり300円で(原料という名目で)購入して、同時に2000円の運賃を受け取り、その差額1700円を実質的な処理費用として利益を上げるというものでした。

そして、香川県は、事業者は300円を支払って、シュレッダーダストを「購入」しているのだからそれは廃棄物ではないと説明してきたのでした。しかし、形式的に対価さえ支払えばどんな物でも有価物になってしまうのであれば、廃棄物処理法そのものが無用なものになってしまいます。

そこで廃棄物処理法には次のように記されています。

但し、有価売却とは「占有者が引取者にその物を渡し、占有者が引取者より実質的売却代金を受け取ることをいい、形式的・脱法的行為は廃棄物の処理とみなす。」つまり、有償で売却するとは、売価代金から運搬費その他コストを差し引いてもなお利益があることをいうのです。

豊島の事業者が行っていたのは明らかに典型的な形式的脱法行為なのです。

香川県はシュレッダーダストを扱いたいという事業者に対し「シュレッダーダストそのものは廃棄物でありますが、あなたが有償で買い受けるのであれば廃棄物に該当しません」と説明し、また他方で「香川県金属くず取り扱い業に関する条例」に基づく金属くず商の許可をとるように助言していました。

そして、持ち込まれている「シュレッダーダスト」の現状と「1トン300円で購入し2000円の運賃を受け取る」という内容の契約書を見ていながら、香川県は、事業者に「シュレッダーダストは有価物である」というお墨付きを与えてしまったのです。

日本中で、香川県だけがシュレッダーダストを有価物と判断し、豊島住民や高松地方検察庁に対し、「金属回収は合法」を強弁し続けてきたと同時に、その後7年間にわたって実態のないミミズ養殖の許可を更新し続けたのでした。

香川県は「怖くて強いことがいえなかった」というのです。

こうした事実が明らかになると、香川県は「香川県に法的責任は無い」という主張に終始するようになりました。

(6)調停申請
有害産業廃棄物の不法処分を未然に防止することが本来の香川県の役割であったはずです。

しかし、現実には不法処分を未然に防止しようとした、私たち豊島住民の訴えを圧殺し、結果として事業者を擁護し、わが国最大の不法投棄事件を実現させてしまったのです。

香川県の責任は極めて重いと言わざるを得ません。

平成5年(1993年)11月11日、私たちは、豊島事件の真の解決を求めて、香川県と事業者、そして違法を知りながら廃棄物の処理を委託した排出業者らに「豊島に放置されている有害産業廃棄物の撤去」等を求める公害調停の申し立てを行いました。

時効成立5日前のことでした。

(7)公害調停
第1回~4回公害調停
「危険な廃棄物の撤去はほぼ終えた」として、撤去の必要性を否定する香川県と、「汚染の不安」が拭いきれない住民の懸念が対立し、信頼できる実態調査が必要となりました。公害等調整委員会から客観的な調査の提案と同時に、香川県に対する、勧告・指導の結果、条件付ながらも香川県は、調査の結果を踏まえて「・・撤去も視野に入れて・・」協議してはどうかとの見解を示したので、住民も条件付で同意しました。

公害等調整委員会の調査
調査は平成6年(1994年)12月から翌年3月にかけて行われました。

その結果は・・・

①廃棄物の総量は51万トンに及ぶこと。

②その大部分が産業廃棄物の埋め立てにかかる有害の判定基準を鉛などの重金属類や、各種の有機塩素系化合物等の複数の物質で超過していること。

③(野焼きが原因と見られる)高濃度ダイオキシンの存在が確認されたこと。

④直下の土壌及び地下水にまで、汚染が及んでいること。

⑤磯根のカキからも重金属ダイオキシンなどが検出されることなどから海域を汚染するポテンシャルが極めて高く、これらを総合的に判断して、「放置することは、生活環境保全上の支障を生ずる恐れがあるので、早急に対策が講じられるべきである」

との結論に達しました。

香川県独自の調査では、廃棄物16万トン余り、有害なものの撤去はほぼ終えたとされていましたが、後に、香川県の調査の一部がJISの規格を逸脱しているなどずさんなものであることが明らかになりました。

第5回~7回公害調停
国の調査結果の説明及び、同時に提案された7つの対策の考え方(61億~191億円)について質疑応答を経て関係者の共通認識とする作業が行われました。

この時、第7案(61億円)が、極めて問題が多く(環境保全)対策案として適さないことが関係者の中で確認されました。

第8回~12回公害調停
放置できない現実が明らかとなり「だれがどのような対策を行い」「だれがその費用を負担するのか」が話し合われることになりました。しかし、各関係者が責任の回避に終始し、香川県もまた「香川県には一切の責任がない」として、具体的意見を述べることを拒み続けました。

香川県のこうした態度に対し、公害等調整委員会は・・・・・・香川県は、そもそも県民の生活環境を守る責任を負っているがそれ以外に・・・・・・

①香川県がシュレッダーダストなどの廃棄物を誤って有価物と判断したこと

②住民に対して事業者の徹底した指導監督を言明しておきながらこれを怠ったこと

③これらが要因となって事態を深刻にした・・・と指摘し、踏み込んだ対策の検討を指示しました。

ところが香川県は、公害等調整委員会の指示内容を県民や県議会に明かさないまま、県議会において・・・

①香川県には責任がないので環境保全策である第7案にしか臨めない。

②第7案は公害等調整委員会が示した必要にして十分な環境保全策である。・・・・・・との見解を述べ、第12回公害調停において、公害調停委員会の指示に反し、単に止水壁で廃棄物を囲い、半永久的に地下水を処理し続けるという考え方(第7案)を明らかにしました。

第13回~16回公害調停
公害等調整委員会は、香川県の考えを・・・

①住民が撤去を求めている公害調停において、調停案となり得ないこと

②環境保全策として不十分であること

③公害等調整委員会の指示に答えたものではないこと

を理由に一蹴し、溶融(高熱で溶かし無害化・資源化する技術)を中心に中間処理する方向で検討し直すように再度指示しました。

一方で、豊島に放置された廃棄物をこのままの状態で移動することは、第2の豊島をつくることになります。つまり他人に押しつけることになるのです。そこで、私たちは、撤去を実現させるため10年にも及ぶ中間処理を島内で行うことを受忍しました。

また厚生省は「香川県が主体となって処理に臨み、調停の席で住民との間で合意を得ること」を条件として財政的・技術的支援を行う意向を示しました。

そこで、第14回公害調停において香川県は「公害等調整委員会の指示を受けて中間処理に臨むこと」を明らかにしました。

これを受けて、第16回公害調停での中間処理に向けての中間合意を目指した事務レベル協議に入りましたが、香川県は「不法投棄された廃棄物であること」と「現状回復させること」を再び否定したため、中間合意には至りませんでした。

そして、私たち豊島住民は、香川県に対し「責任を認めること」と「撤去」を再度、強く求めました。

(8)豊島の22年
22年前・・・・・・ 処分場は必要であり、どこかに造らねばならない。法の要件を守るからには、環境破壊などおこらない。反対するのは住民のエゴであるといわれました。そして香川県は、指導監督を約束しました。

私たち豊島住民の訴えをよそに、ミミズ養殖の名の下でわが国最大の有害産業廃棄物不法投棄事件が起こりました。そこには、行政のあってはならない姿勢があったのです。そして絶対に起こしてはならない住民の生命や健康さえ脅かすほどの環境汚染が起きたのです。

汚染の事実が明らかになると同時に、「ゴミの島」「毒の島」の名が定着して、観光客は来なくなり、豊島の名前のついた農・水産物は売れなくなりました。さらに、出身者が出生地を隠したり、心ない中傷もあとを断ちません。

また、これまでの手続きや運動には、兵庫県警摘発後の、7年足らずの間でも7千万円以上の費用がかかりました。もちろんこうした費用は、自分たちで用意しなければなりません。そうやって、少しづつ事実を明らかにしてきたのです。

本来、廃棄物の処理は、排出者責任といって、廃棄物を出す者が、自ら処理を行うのが原則です。そして、適正な処理が行われるように県が指導監督に当たります。さらに、不法処分が行われたなら、廃棄物処理法に基づく借置命令や、行政代執行法を用いて、(必要に応じて)原状回復を行い県民の生活環境を守るのが県の役割なのです。

豊島住民が行おうとしてきたことは、不法処分の未然防止と、撤去による原状回復であり、まさに本来なら香川県によってなされているべきことなのです。

(9)これからの豊島
豊島に放置されている有害産業廃棄物は、ありとあらゆる廃棄物が混じり合い、野焼き(加工)されたことによりダイオキシンが発生するなど、極めて処理の困難な状態になっています。放置できない状況は確認されましたが、封じ込めるなども十分な環境保全ができません。 今後、無害に加工することが検討されていますが、少なくとも今の日本には、豊島の廃棄物を処理する技術はまだありません。不確定な技術を導入し未知の危険(新たな公害・事故など)と隣り合わせの日々が続くのです。

その処理に10年を要するといわれています。もちろんその前に、技術の検討と、施設の建設が必要です。現実に処理が可能だとしても、さらに十数年歳月がなければ、実現できないのです。

22年前には2150人いた人口も、今は1450人に減りました。その一方で高齢者指数は、40%近くなっています。 そして「ゴミの島」「毒の島」のイメージが、交流や地域産業の育成の障害となっています。 十数年後の人口は1000人を切り、さらに高齢化が進むでしょう。

これまで、私たちが使ってきたお金は、本来こうした問題の対策に使われるはずだったのです。

そして、今後も続きます。

(10)原因と結果と責任
この事件において、最も大きな過ちは、行政が事業者の暴力に屈し、住民の訴えを圧殺したことではないでしょうか。その結果として、大量の廃棄物が持ち込まれ、あってはならない環境汚染が起こり、健康や生活に不安をきたし、さらに風評被害が発生しました。

当初、私たちが望んだのは、直ちに廃棄物をどけてほしいということでした。しかし、現実にどけるためには、十数年の間、中間処理に立ち会わねばならないのです。私たちは、中間合意に臨むに当たって、過去の経緯の中で、香川県知事が原因と結果とその責任を認め、謝罪することを求めました。

そして、香川県が謝罪するために障害になるというのであれば、県民の税金による損害賠償などは求めないことも決めました。

ただ、これから長期にわたり不確定な状況の中で中間処理が行われるのだから、今後の豊島の在り方について、住民とともに考えてもらいたい、協議に応じてもらいたいと考えたのでした。

(11)中間合意
中間合意案について・・・

①香川県が廃棄物の認定を誤り、適切な指導監督を怠った結果、深刻な事態を招いたこと

②香川県は、溶融などの中間処理を施すことによって、廃棄物が搬入される前の状態に戻すことを目指すこと

は認められました。

しかし、その結果豊島住民に対して、「不安と苦痛」を与えたことは削除され、謝罪もありませんでした。

ところが香川県は、この問題に被害者(裁判では認められている)はいなかったと主張しながら、そのいないはずの被害者は「損害賠償請求を放棄せよ」と強く求めてきました。 さらに、新たな公害を発生させない方法により処理が行われるという一節も削除されました。

そして、現在豊島住民が度重なる手続きを経て取得しようとしている事業者の土地は、無償で香川県が使用することを強要し、さらに今後の処理に当たって、豊島住民が関与することを排除しようとしたのです。

そして豊島住民には迷惑をかけてないのだから、今後の豊島の在り方について協議に応じる必要はないというのです。

公害等調整委員会は、住民の置かれた状況・課題・心情に理解を示しながらも、香川県が「かたくな」でこれ以上の変更はできないと訴えました。

また、香川県議会もついぞ強い姿勢を見せません。豊島住民の存在そのものが否定されてしまったのです。一方で、豊島に放置された廃棄物の処理は、一刻の猶予もなりません。 すぐにでも具体的技術の検討を始めなければならないのです。

(12)22年目の決意
私たちは、到底納得のいかない中間合意案について議論に議論を重ねました。

そして、次のとおり決議したのです。

一、放置された有害産業廃棄物が瀬戸内海を汚染する可能性を考えると、その処理は一刻の猶予も許されない状況にある。従って、中間合意案は、私たち豊島住民にとって不本意なものではあるが、技術検討委員会を直ちに発足させるため、これに合意するものとする。

二、しかし、中間合意案はあくまで中間のものであって、最終の合意ではない。豊島を真に美しい豊島に戻すためには、中間合意案には極めて多岐にわたる課題が残されている。私たちは、最終合意にむけ真の解決を求めて、公害等調整委員会の協力を得ながら香川県の姿勢を改めさせる運動を引き続き展開する。

1997年7月13日

豊島のその後
(平成11年5月現在)
中間合意によって発足した技術検討委員会は、科学者の良心と英知、そしてまた献身的な作業により、平成11年5月に最終的な報告書を出すに至りました。報告書には、豊島に不法投棄されている廃棄物が、溶融処理することで無害なものとなり、再利用できる物に生まれ変わり、操業開始10年後には、豊島の廃棄物が全て撤去され、もとのきれいな島に戻ると書かれています。

私たちは、今なお、廃棄物から黒い水が流出している現状を鑑みると、一刻も早い県の事業着手を望んでいます。しかしながら、香川県知事は、謝罪はおろか「豊島の中間処理事業は環境保全のためにしているのであり、個別具体的な法的責任に基づいてしているものではない・・・・・・」「豊島の運動はお金目当ての運動」と豊島住民を批判する言動を今なお続けています。公害等調整委員会は、県に今一度中間合意で認めた責任を再確認するよう求めました。 

(平成12年6月6日)
香川県は、平成11年8月急遽方針を転換し、豊島の産業廃棄物を直島で処理することを提案いたしました。直島町も県の提案に同意し、技術検討委員会においても直島案の検討がなされ、「可」とする報告書が出されました。平成12年4月、公害調停が再開され、県との最終的な合意にむけ調停の作業が再開されました。そして6月6日、第37回公害調停が豊島小学校体育館で開かれ、調停案に香川県と住民の双方が合意し、調停は成立し、事実上香川県との紛争は終結いたしました。

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