2003年12月09日
供述調書Ⅱ
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- カテゴリー:4.てしまアーカイヴ
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住居 香川県高松市太田上町***番地*
職業 地方公務員「香川県環境保健部廃棄物対策室係長」
自宅(〇八七八)**-****
勤務先(〇八七八)**-****内線****
ふりがな *** ***
氏名 ■■ ■ (男)
昭和**年*月**日 生 (**歳)
右の者は、平成三年二月四日兵庫県飾磨警察署において、本職に対し、任意次のとおり供述した。
(一)
前回(二月一日)に続いて申し上げます。
本日は豊島総合観光開発株式会社に対する行政指導状況等について正直に申します。
私達県庁内において、同社のことを通常てしま(豊島)とか松浦さん(松浦庄助さんのこと)と言って話をしておりますので、これからはてしま(豊島)と言って説明して参ります。
(二)
私は、前回の調べでも申しておりますが、豊島が行っている廃棄物処理を含む業務内容について豊島の松浦庄助さんや役員等からの説明をうのみにして有価物として指導した、と話していますが、これについては少し説明を加えておきます。
私がこの様に指導したのは豊島からの説明が嘘、偽りでなく真実の報告と信用したが為にこの様な指導をしたのですが、いろいろ現地調査をやり当時の立入の状況等を振り返って考えてみますと、豊島は県に対して、事実に基づかない説明、すなわち嘘、偽りの報告をして私達県を騙したことが判かりました。私達県としましてもこの虚偽の申告説明に気が付かず指導した責任は痛感しておりますが、業務内容が正しく豊島から報告されておれば、私達としても産業廃棄物処理上の適正な指導をしていたことは間違い有りません。
この様に豊島は業務実態を偽って、県に対して嘘の申告をしていたことから考えますと、昭和五八年ごろからミミズによる土壌改良剤化処分は、衰退気味でありましたのでこの時期以後は県を偽っていたと言えます。
又この当時、ミミズの養殖に変えて、シュレッダーダストが豊島に搬入されており、これも正しい実態は廃棄物と判断されますことから豊島は県を騙していたと言えます。
昭和六三年ごろにはニッケル及び廃油らしき物が空地に積まれており、松浦庄助さん等に聞
くとニッケルは私の所有物ではなく、焼却することによって、ニッケル回収原料となり焼却を依頼されている。
廃油は助然剤としてこうにゅうしている等と説明を受けこの話を真実と判断したのですが当時廃油等の数量の多さ等から、私は廃棄物ではないかと思いましたが、この時点で、燃えない物等がドラム缶の中にはあると言うことが判かっていたり又、すべて助然剤として使うことが出来ないこと等、真実の報告を受けておりましたら当然廃棄物処理として指導しております。
いずれにしましても、豊島からの申告が虚、偽りであることが判っておりましたならば、その時点で廃棄物処理法に基づいて適正処理が出来ていたことは間違いありません。
(三)
次に、豊島に対する県としての指導状況について申します。
今日、私は、廃棄物対策室、■■課長補佐、■■副主幹、等の三名で参っておりますが、貴課からの照会に基づいて、検討中の回答書(案)を持参しております。この回答書は業務日誌から抽出しておりますので、これに基づいて説明致します。
この時本職は、■■課長補佐提出に係る当該回答書(案)二通を供述人に示し、説明を求めるとともに、本調書末尾に写を添付することとした。
回答書一枚目(資料1)は、豊島に関する指導監査状況です。
(1)立入調査回数は昭和五三年度から平成二年の一一月一六日までに一一八回
(2)指導票を交付しましたのは、昭和五三年五月二四日、同 五九年一二月二〇日、同六一年一一月一〇日、同 六二年五月二一日、平成元年8月二三日、計5回
(3)指導内容等につきましては、豊島の虚偽申告に基づいて県としては対応したものですから主として、養殖場の適正管理、製紙汚泥場外保管、等について、口頭又は書面で指導警告
をしており詳細は書面に書いている通りです。
この他に、同じく豊島からの虚偽申告の実態が判らなかったものですから、金属回収業に係る指導として項目を立てて野焼きの中止等を指導しております。
さらに、その他としてこれも真実の業務内容が豊島から報告されなかったことから、昭和五六年八月二七日に廃白土(廃油含有)、すなわち食用油を抽出した残渣物の焼却処分をしたいとの申し出に対し、変更許可が必要であると、現場で口頭指導。
昭和五七年一月二一日、廃プラ、廃油を扱いたいとの申出に対し住民との和解条項に基づく協議をする様にと現場で口頭指導
昭和六二年五月二一日、養殖場外での汚泥、廃プラダスト類の埋立処分中止と適正処理について、私が現場で書面警告等をしております。この昭和五七年一月二一日の豊島から廃プラ、廃油を扱いたいとの申出があったことを考えますと、この時点で豊島の廃プラ、廃油の処理が廃棄物処理法を適用する業務となった為か、あるいは営業面で廃棄物として処理した方が収益が多いと考えたものか、いずれにしましても豊島の業務が、変わった処理をしようとすることを考えた結果だと思います。
この他に指導票を交付して指導警告した状況は後で説明します。
資料2は、豊島に係る経緯について県が把握している内容を日付ごとに書いたものです。
この資料から昭和五〇年一二月から昭和五二年九月までの間は、産業廃棄物処理業の許可がなく取扱った状況を記載したもので、昭和五〇年一二月に松浦庄助さんから県に有害な産廃処理許可申請が出されたのですが、県としては有害物の埋立ては認められないとして指導した後に無害の産廃処理(埋立)への事業範囲の変更が出されたのですが、一応、五二年六月に申請を受理したものの、豊島住民(五八三名)が反対して、訴訟となりその後の五二年九月に収集、運搬業、処分(ミミズの養殖)業の許可申請を受け、五三年二月一日に許可したものです。
この中で昭和五一年九月にこうきょうまる(高共丸)事件が起きたのです。
この内容は、簡単に言いますと、廃油ドラム缶約一、八〇〇本位を積載した高共丸が、処分地を求めて、各地を転々とした後、豊島の松浦庄助さんの土地に降ろそうとしたことが接岸前に県が知り、降ろさせなかった事件で、後々、排出業者責任を明確にする法改正につながった事件です。
許可後の昭和五三年一〇月一九日に訴訟が和解したのですが、この和解条項は、処分はミミズの土壌改良剤化処分に限ることとし、業の変更が生じた場合は、住民と協議することといった内容でした。
次に昭和五五年六月一一日に、ラダーロープを持ち込みをしているのを発見と記載していますが、日誌には番線となっており、誰が担当者であったかは今は不明です。
日誌を見れば担当者は判ります。
昭和五八年一月二五日にシュレッダーダストの野焼きについて、中止指導をしたと記載しているように見られますが、これは、一月二五日以降の日が特定されない早い時期と解釈して頂きたいと思います。
昭和六〇年一月二三日に養殖場の整備が完了し放ったミミズ一〇〇キログラムの状況を確認と書いておりますが、これは、私が、昭和五九年夏ごろ当時、養殖場が荒れた状態であったので整備する様に厳しく指導した結果、松浦さんが、ミミズ一〇〇キログラムを放したと言われ、一月二三日に現場を二~三個所掘ってみますとミミズが、いましたのでこの様に書いております。この掘った場所は、松浦さんにどの辺にミミズがいるかと尋ね、その指示によって掘ったものです。
従って処分地全部にミミズがいたのかどうかは不明です。又、一〇〇キログラムという数字は、松浦さんが一〇〇キログラムのミミズを放したと言われたのでこの様に書いたものです。さらにこの一月二三日には間違いなく立入をしていますが指導項目がなかったので資料1の指導年月日には日付が書かれていません。
昭和六一年六月に、事業範囲の変更(最終処分業、廃プラ類、金属、ガラス、陶磁器くず、建設廃材)の申し出がありましたが、地元の同意を得るように指導したのです。
その結果、住民投票に付され、否決されたので申請していないのです。この時点でも廃プラ類や今属くず等の埋立処分をしたいと松浦さんは言っており許可こそ降りていませんが、当時埋立処分をしたいという気持ちがあったことも事実であります。
以上が今回照会書に対する回答内容を補足説明した次第です。
(四)
続きまして、廃棄物処理指導票によって書面で指導警告しており、現在書面が残っているのは、県には二回分(S62.5.21分、H元、8、23分)しかありません。
只今、係官から、松浦さん方現場事務所で押収された資料の中から指導票五九年一二月二〇日分一枚の写を見せて頂いています。この担当者の印から見て、当時■■主事となっており指導票を交付し、その結果報告を求めたことは間違いありません。
この時本職は供述人に対し、平成三年二月一日供述人提出に係る指導票二回分及び押収
に係る指導票一回、計三回分を示し、説明を求めるとともに、写を本調書末尾に添付することとした。
まず、
(1)昭和五九年一二月二〇日の指導票について指導者は■■で、土庄保健所員と共に立入調査をしております。
指導事項は、ミミズ養殖施設の早急な整備、整備しない場合は、産廃処理業の廃止届の提出となっており、この他にも、日誌からシュレッダーダストの野焼中止、シュレッダーダストの燃えがらの埋立禁止を口頭指導しております。
この立入時に、ミミズの養殖場(処分地)の状況を見て、ほとんどミミズによる許可内容が履行されていないと判断した為に、廃止届の話まで持ち出したものと思います。
この結果、前にも言った様に、松浦さんは、一〇〇キログラムのミミズを入れたものと思います。
その結果、豊島から整備した報告書が提出されていますが、年月日は記入されておらず判
りませんが私が立入った翌一月二三日までに報告されたものと思います。
(2)昭和六二年五月二一日に立入りし指導票を交付したのはサインからみて、私です。この時も土庄保健所の者と一緒でした。
指導事項は、汚泥、ダスト類、廃プラ類の埋立処分は廃棄物処理法第一四条第五項違反である。
直ちに中止し、汚泥は、養殖場に搬入すること。
ダスト類は、適正処理業者に委託処分する等適正な処理をすること。
この指導票を交付した相手方は、松浦庄助さんか■■(元従業員)さんのどちらかでありました。
現場の状況を見たところ、埋立処分をしていたのでこの警告をした訳であります。この時の状況については図面を書いて提出しますのでこの調書に付けて参考として下さい。
この時本職は供述人が作成した昭和六二年五月二一日立入時の略図一枚を本調書末尾に添付することとした。
指導票に書いている埋立処分している汚泥とは製紙汚泥で、シュレッダーダストの上に重機で押しげた状態のものでした。
又、埋立処分しているダスト類とは、今、思いますのに、白味を帯びた緑っぽい粉体であったか、あるいは、粉炭の燃焼物残渣(燃えがら)であったかはっきりしません。これのどちらかが、大型ダンプの荷台から数台落とした状態で二メートル位の山が二~三個あったと覚えております。
さらに廃プラとは、シュレッダーダストのことを指しています。この廃プラ上に土をかけて広げておりむき出しのシュレッダーダストが見えた部分があり、シュレッダーダストを土で埋め、その上を道路として車両が通った形跡が認められたのを記憶しています。
この時より少し前に確か松浦庄助さんから土をかけていることについて、シュレッダーダストが風で飛ばされない様にしている、という説明を受けておりましたが、私は昭和六二年五月二一日の立入りによって、養殖場以外で埋立処分をしている汚泥、ダスト類、廃プラ(シュレッダーダスト等)の処分は廃棄物処理法第一四条第五項違反、すなわち、他者が排出した廃棄物を収集運搬を許可なくやり、さらに不法に処分していることは明らかであったのでこの様に
無許可事業の範囲の変更違反として警告したものです。
また、ダスト類は適正処理業者は委託処分するなど適正な処分をすることと警告していますが、当時現場で見た物は、廃棄物であっていわゆるダスト類と私は認めました。
ダスト類とは、法第二条第三項の制令で定める廃棄物として制令第1条第一二号に規定している物で要するに産業廃棄物の焼却施設において発生するばいじんであって、集じん施設に
よって、集められたものと法は規定しておりこれらの物は、全く扱えないものですので適正な
業者に委託処分する様指導したのであります。
このことから松浦さんは、自分が処理している状況が、事業の範囲の変更違反になっていることは私の指導によって違反を認識して当然ではあるのですが、勝手な理由付けをして、シュレッダーは保管しているダストは食品汚泥である汚でいは処分場に入れた等と回答した様に記憶しています。
この時点までは先程申しましたが松浦さんの申告内容を真実のものと思い、まさか嘘、偽り等があると思いませんでしたので一応、業務内容について金属片については、一部再生をしていると考えて、県としても対処して来ていたのです。
ミミズの養殖もほとんどやっておらず、豊島の処理状況等から前述の通り埋立て処分と判断し指導したものです。
(3) 最後の指導票で平成元年八月二三日の立入りは私が行っております。
指導事項は、ニッケル含有泥状物(有価物)の野焼きによる回収を中止し、炉で焼却すること。
バン線の野焼きによる回収も炉で焼却のこと。
食品汚泥(含油)の焼却は法第一四条第四項(第五項の誤り)違反であり直ちに中止すること。
みみずの養殖場を整理しみみずによる処分に努めること。
となっています。
この時ニッケル含有泥状物を有価物としていますが、これはあくまで松浦さんの説明を信用してこの様に書いたものです。
バン線というのはラダー(ラガー)ロープのことです。
食品汚泥(含油)というのは■■(元従業員)さんか松浦さんが当時燃やしていたものを尋ねたところ、食品汚泥を燃やしていると言ったのでそのまま信用して食品汚泥と書いていますが、この物が廃油であったかもしれません。
ミミズの養殖については、当時ほとんど稼動している状態ではありませんでした。従って、みみずによる処分に努めることと書いたのです。
(五)
続きまして松浦庄助さんが県庁へ焼却後の金属片袋に入った状態で直径二~三〇センチ位の量焼けて白っぽく粉がふいた様な色々な金属片を持参したことがありますので、この時の状況を説明します。
この年月日は、はっきりしませんが、昭和五七年後半ごろではなかったかと思います。
当時、私と■■課長補佐(当時係長)の二人で現場を見ました。
松浦庄助さんの話では、シュレッダーダストを焼いたらこんな金属がとれる姫路市に寄って相談して来た。
金属を回収する事業をしたいがどうか。
と言った相談があったのです。
要するにこの事業をやるとすれば廃棄物処理法上、問題があるかどうかを尋ねたものと言えます。
香川県としましては、当時明確な解答はしておりません。何故かと言いますと営業実態等全く判りませんのでよい悪いは答えられなかったのです。
従って、確か、私や■■さんの二人で、松浦さんから有価物という言葉が出ましたのでその物が産業廃棄物でないならば産業廃棄物処理業の許可は不要である。
しかし、購入すると言っても形式的、脱法的な契約であれば廃棄物となる。
有価物とは価値ある物で取引契約がきっちりしたものでないといけない。
と言って指導した様に記憶しております。
従いまして、県としましては、松浦さんのやろうとしている、あるいはやっている業務に
ついて、有価物の処理であって廃棄物の許可がいらないとは一度も言っておりません。
しかし昭和六一年六月ごろ松浦さんから事業範囲の変更、シュレッダーダストの焼却処分、建設廃材等の埋立処分について相談があり、このことについては前に和解書があって、住民との協議が前提となっていた関係で、松浦さんが、事業の範囲を変更する為には住民との説明会を開いて了解を得る必要があり、県に対し住民から説明会への出席を求められ、この事には会社側、松浦庄助住民側、自治会代表約二〇名、県側■■補佐と私の二名が豊島公民館に集まりその席上住民からシュレッダーダストの野焼きは産業廃棄物の許可が必要ではないのか、と県側に対して質問がありました。
この時、私は、松浦さんから金属回収を業としていることや、まさか虚偽の申告に基づいて違法な廃棄物処理をやっているとは考えなかったことから、住民の代表の前で豊島の会社は有価物からの金属回収をやっているから、許可は必要ないと説明したことがあります。
ところが、前にも申した通り昭和六二年五月二一日に事業範囲の変更違反として指導したことで違法性を認識しましたが松浦さんの事実に反する話をうのみにし結果的に騙されていたと言えます。
(六)
当時(検証等摘発されたころ)の許可条件の(8)に事業過程から生ずる廃棄物は、焼却する等云々という項目があります。
豊島におけるミミズの養殖に関して焼却とは何をさしているかと係官から聞かれております。私が思いますのに例えば、ミミズが食べれない大きな木くず等があれば焼却等適正に処理し
第二次公害の防止を目的としたものではないかと思います。
この許可条件は、一番最初の許可から付されておりこの条項を条件としたものです。
(七)
その他に県としましては焼却炉の設置、追加を指導しております。何故この指導をしたかと言いますと、松浦さんの申立てによってシュレッダーダストラダー(ラガーロープ)等を有価物と判断した為、野焼きを止めさせる為に設置等を指導したものであります。しかしこれらの物が廃棄物であるならば当然この様な指導はしておりません。
(八)
香川県としては、摘発後の平成二年一二月二〇日に、豊島の現地に立入りシュレッダーダスト四検体を採取し、約六〇〇キログラムの量を県庁に持ち帰り金属がどの程度含有されているか調査したのです。
その結果、金属の含有量は約二.八パーセントでありました。
当時六〇〇キログラムのシュレッダーダストに含まれていた金属は、約一七キログラム位で、他の五八三キログラムはすべて廃プラ、土、植物繊維の混合物であり、このことから考えても廃棄物であると認め、現在県としても廃棄物と断定して、撤去の措置を命じているところです。
■■ ■ [指印]
右の通り録取して読み聞かせたところ、誤りのないことを申し立て署名指印した。
前 同 日
兵庫県警察本部保安部生活経済課
司法警察員 巡査部長
■■ ■ [印]
別紙有り
資料1)豊島総合観光開発㈱に関する指導監視状況
資料2)指導票 三回分
資料3)S62.5.21立入時の略図
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