2004年01月26日

操業中の現場、平成2年(1990年)頃

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事業場全景、黒っぽく見えるのは全て廃棄物。汚染された黒い水たまりが見える。


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焼却処分をしている工場から吐き出される黒い煙。
焼却炉を設置しているけれども、ほとんどの煙が入り口から出てくるような構造になっている。


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家浦集落から見た事業場の様子。
常時真っ黒い煙が立ち上っていて、多くの人が喘息やこの煙が起因と考えられるガンに苦しめられた。


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事業者の焼却炉の様子。
操業当初、野焼きを繰り返していた業者に、県が住民の違法との指摘を受け入れて、業者に命令して作らせた炉。大気汚染防止法の網をかいくぐるため、あえて小さな炉を2つ設けた。煙突も付いていたものの、ほとんどが正面入り口から出てくるような構造になっていた。
実態は野焼きと何ら変わることはなかった。


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押しつぶされたドラム缶。
液状の産業廃棄物の入ったドラム缶が運び込まれ、なんら処理されることなく、そのまま潰され、穴に埋められていた。
しかし、この状態でも香川県は合法との見解を崩すことはなかった。


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場内では、摘発のその日まで野焼きが繰り返された。
助燃剤と銘打った廃油等の液状物をジュレッダーダストにかけて燃やし続けた。
松浦庄助の妻きよ子は、「火が消えると会社も消える」と、火を消すことを嫌った。


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液状物はドラム缶だけではなかった。
タンクローリー等で持ち込まれた液状物は、場内に掘られた穴に直接入れられていた。


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塗装の現場から出されたと思われる産業廃棄物。
今日現在もこのまま埋められたままだ。
そして溶けだした有害物質が海を汚染し続けている。


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重機で廃棄物を掘ると、大量の有毒と思われるガスが噴出してくる。
一度場内に入ると、服にしみついた独特の臭いが取れなかった。


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場内に運び込まれたドラム缶の中には、有毒を示すドクロマークのついた物もあった。
ラベルから中身をしらべようとしたものの、成分を特定することはできなかった。
これらのドラム缶は、松浦の摘発を聞きつけた排出事業者が、自らの責任を逃れるために早々に運び出している。


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焼却場内での様子。
こうやって少なくとも10万トンを超える産業廃棄物が処分された。
そして、焼却によって発生したと思われるダイオキシンが豊島には残された。
現場の作業員の多くは、肝ガンによって亡くなっている。


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